田頭拓己のブログ

田頭拓己のブログ

一橋大学大学院経営管理研究科専任講師。実証的なマーケティング研究。マーケティングに関する小咄や日々の出来事を記録します。

チケット転売問題に見る経済学的視点とマーケティング的視点

 近年の商取引に関する社会的な問題のひとつにチケット転売問題が挙げられる。ちょうどチケット転売禁止についての法案が可決されそうだというニュースを見たため、本件について少し書いてみる。なお、本内容は2018年4月に書いた拙著講義ノートに小咄として記載されている内容の抜粋であるため、2018年11月時点で報道された法律の制定を踏まえずに書かれた内容であることに注意してほしい。

チケット転売問題概要

 通常、コンサート等のチケットの販売においてはアーティスト、音楽団体、関連企業(以下、 アーティスト側)が自社サイトやチケット取り扱いサイト等を通じて定価で消費者へ販売する。転売業者が介在する場合転売業者はアーティスト側からチケットを入し、それを消費者に定価と異なる価格で販売する。この時、転売業者が介在する条件として仕入れた価格よりも高値で売ることが考えらる。ここでは、このようなチケット転売問題に対する経済学的視点による見解に加え、マーケティング的な視点による見解を説明することで、なぜチケット転売がなくならないのか、そしてなぜアーティスト側が現在のような対応をするのかについて説明する。

 ここで注意しておきたいのは、「転売目的でチケットを購入すること」は条例違反になる場合があり、また今後法規制により違法行為として取り締まられる可能性がある。本内容は決して違法行為を推奨するものではない。本内容はダフ屋のような反社会的勢力による犯罪の温床になるような転売行為ではなく、法的に認められた範囲の中で行われているチケット取引についての理論的な構造を解説するものであるということに注意してもらいたい。

 先述のチケット転売行為に対し、アーティスト側は連盟は2016823日に読売新聞と朝日新聞に大々的に反対メッセージを掲載した。その際の、主な反対理由は以下の2点である。第1に「本当に欲しいファンにチケットが行き渡らない」という問題である。 2に「転売業者による不当に高額で販売された分の利益がアーティスト側に還元されない」という問題である。このような問題に対し、伝統的な経済学的視点に基づけば*1、アーティスト側の批判ではなく転売業者が存在することの妥当性が主張されるだろう(大竹 (2017) にもこれに関する丁寧な説明がされている)。ここで重要なのは、(1) 本当にチケットを欲しがっているファンとは? (2) 転売業者はアーティスト側の利益を損ねているのか?という 2 つの疑問点である。ここからはこれらの2点に焦点を当て、チケット転売についての問題を整理してく。

問題点整理

 まず、「本当に欲しがっているファンとは?」という問いだが、これを特定するのは存外難しい。仮にあるアーティストのライブに行きたいと思っているファン 2 人に対し、「あなた達のどちらのほうがよりチケットを欲しがっていますか?より欲しい度合いが強い方にチ ケットを売ります」と問いかけると、おそらく両者とも自分の方が欲しいに決まっていると答えるだろう。また、ウソをついてほしい度合いを申告することも可能である。人の気持ちの強さの程度を比較するのはそんなに簡単なことではない。そこで、経済学においてはその人の製品への評価を「その製品に対して 最大いくら払ってもいいと考えているか」という尺度で捉えている。この最大いくら払っ てもいいかという価格は、留保価格(もしくは支払意思額)と呼ばれる。本来であればなかなか測定できないその人の気持ちを「その製品のためにいくらまで犠牲にできるか」という金銭的な大小で表そうというものである。

 ここで、とあるアーティストのチケットに対して、Aさんは3万円、Bさんは1万円、Cさんは 5000 円という留保価格を有していた場合を考える。つまり、Aさん、Bさん、Cさんの 順でこのアーティストのチケットに高い価値を見出していることになる。この時仮に1枚のチケッ トが5000円で販売され、その販売方法が多くのアーティスト側が採用している抽選制だとしよう。最も行きたい気持ちの弱いCさんの留保価格も実際の販売価格を上回っているため、全員が抽選に参加する。抽選制の場合、誰がチケットを手に入れるのかは完全にランダムで決定するため、最も高い価値を見出している A さんがチケットを手に入れられず、最も低い価値を見出しているCさんが手に入れることも十分に考えられる。この時、Aさんはチケットが手に入るならもっと高額でもいいと考えるだろう。また、Cさんも5000円で買ったものが1万円以上で売れると分かれば、チケットを売ってもいいと考えるかもしれない。ここで仮に転売業者が存在し、1万円でCさんから仕入れ、3万円でAんへ販売したとしても両者の希望を叶えたことになる。また、業者が抽選により自らチケットを確保し、オークションを採用したり3万円という高値での販売を行ったりした場合でも、Aさんは自身の許容する価格でチケットを手に入れることができる。つまり、転売業者はより熱烈なファンにチケットを行き渡らせるために、売り手と買い手をマッチングさせる流通機能を有しているという点において、存在意義を見出すことができる。むしろ、転売の存在しない抽選制の方が「本当に欲しいファンにチケットが行き渡らない」システムであると考えられる。

 では「転売利益がアーティスト側へ還元されない」という2 つ目の問題はどうだろうか。これに対しては、そもそもアーティスト側は定価で抽選販売している分の利益は取っているという点を忘れてはならない。つまり、もともと抽選制だけの場合であれば発生していなかったはずの利益と比較しても意味が無いのである。むしろ、このような利益を求めるのであればアーティスト側が最初からその高い価格を設定すれば良いのである。

 通常、製品の価格が上昇すると需要量は減る。チケットの抽選制が必要になるのは生産量の上限(座席数)よりも多くの消費者がチケットを需要している場合であり、そのような場合には超過需要が発生していると言える。このような場合、需要量が座席数を下回らない程度に価格を上げることでアーティスト側の利益が上昇する。例えば、あるライブの座席数が1000 り、チケットに対して5000円まで払っても良いと考える人が5000人、1万円まで払って も良いと考える人が2000人、2万円払っても良いという人が1000人居たとする。この 時、どの価格でチケットを販売してもライブ内容、会場は同じでありコストは変わらない とすると、2万円でチケットを販売し2000万円の売上を得ることで最もアーティスト側の利益が高くなる。また、留保価格2万円以上の人たち全てがチケットを手にしているため、転売業者が介入しても利益をあげることができないため、転売行為も防げる。実際には需要量と座席数が等しくなるような価格を正確に求めることは難しいが、それにしても価格をある程度上げることはアーティスト側の利益にとっても、転売を防ぐという目的にとっても効果的であることが伺える。

マーケティング視点

 それではなぜアーティスト側は価格を上げないのか?このような疑問に対し、マーケティング的な視点を持つことによって、それが(実際にアーティスト側がどう考えているかは別として)アーティスト側にとっての利益につながる可能性があるという理由から説明することができる*2。ここからの説明に対しては以下の2点に注意してもらいたい。第1に、これから説明する内容は決して、アーティスト側が倫理的問題を提起しながら、消費者を騙していると主張するものではない。アーティスト側が真に彼らが信じる倫理的な動機から主張をしている可能性も十分に考えられる。

 第2に、実際に先述の価格を上げる場合と上げない場合とで、利益の大小を比較しているわけではないということである。つまり、これから述べることは、あくまで価格を上げないという行動がアーティスト側の利益につながる可能性があるという旨をその理由も含めて述べているだけであるということに注意して欲しい。

  マーケティング的視点とは簡単に述べれば、長期的かつ顧客中心的(買い手がどのように感じるかに焦点を当てた)視点であると言える。長期的な視点に立つと、その期だけの利益ではなく、その次の期のことも考える必要がある。そのため、企業は短期的な利益のために価格を上げることによって消費者に悪い印象を与え、将来的に顧客を失う可能性を危惧するのである。これは、超過需要状態で価格を上げた企業に対して不満を抱いた既存顧客が次の期に購買を行わなくなる可能性を表している。例えば、2011 年の東日本大震災後、東北や関東を中心にコンビニやスーパーのにおいて品切れが続出するという食料品や日用品に関する極端な超過需要が発生した。しかしながら大手コンビニやスーパーにおいては価格を上げないどころか、むしろほぼ無料に近い超低価格で食料品を販売する例も観察された。このような企業の行動については、 倫理的動機に加えそのタイミングでの利益を犠牲にしても、消費者の好意的な印象、態度を形成することでその後の継続的な購買につながるという企業にとっての長期的な便益からも説明することが可能である。つまり、アーティスト側が超過需要においても同様に価格を上げないことで、既存顧客の反復購買を促し、長期的な利益の確保につながる可能性がある。

 次に顧客中心的視点についてだが、今回注目している音楽ライブは有形な製品ではなく、無形のサービスである。サービス財は品質は工業製品と異なり、評価することが難しい。そこで、マーケティング分野では消費者の知覚を頼りに品質を評価しようと試みてきた。具体的には、このような経験を通じてしか品質の評価が難しい財の品質は、顧客が事前に抱く品質への「事前の期待」と実際のサービスへの「事後的な知覚品質」とのギャップとして捉えられている。

 品質評価が困難なサービス財において高い価格設定を行うことは、高品質のシグナルとなり消費者が高い事前期待を抱く原因となる。例えば、1泊5000 円のホテルと1泊6万円のホテルがあった場合、一般的に消費者は6万円のホテルの方が質の高いサービスを提供することを期待するだろう。そして実際に高級ホテルに泊まったものの、期待ほどサービスを受けられなければ、 「期待していたほど良くなかったな」とそのホテルを低く評価することにつながる。同様にあまりに低い価格は安かろう悪かろうというサービスを連想させ、事前の期待が高まらず購買に至らない可能性もある。そのため、サービス財においては事前の期待と顧客が実際に知覚する成果とのバランスが取れるような価格設定が必要となる。つまり、顧客が評価するライブの質を考慮すると、超過需要だからといって著しく価格を上げにくいのである。これは事前に期待する品質が高くなりライブを経験した際の知覚品質の低下につながり、既存顧客すら満足せず離れていく可能性があるためである。

 また、他の消費者に人気があるという理由から消費者が集まってくるような、人気が人気を呼ぶような効果も無視できない。このような効果はバンドワゴン効果と呼ばれる。つまり、超過需要状態を維持することで消費者が高い価値を感じ、売上、ひいては利益が向上するということも考えられる。チケットの場合に置き換えると、ファンがなかなかチケットが取れないという状況からアーティストのライブを高く評価すると言い換えることもできる。つまり、価格を上げず超過需要を維持することでアーティスト側の利益が上昇する可能性が存在する。

まとめ

 このようにマーケティング的視点に基づくことで、アーティスト側が現行のチケット販売システムを維持する理由を、決して倫理的な側面からのみではなく、アーティスト側の成果という点から理解することができるだろう。また、転売行為には経済学的な妥当性があり、むしろ現行の抽選制の方が、チケットを欲している度合いの高い人にチケットが 行き渡らないという問題点も抱えていることも説明した。合法的な転売業者がいなくなることによって、ダフ屋のような非合法団体による転売行為が普及する可能性もある。

 そのため、アーティスト側には転売行為を禁止するのではなく、転売行為が発生しづらい販売方法を採用することが求められる。転売が発生している理由の一つとして、チケットをより強く欲している(留保価格が高い)消費者にチケットが行き渡らないという問題を説明した。そのため、転売業者を介さなくてもこのような消費者が(高い価格を支払うことで)優先的に製品を購入できる仕組みは有効な手段のひとつであると考えられる。例えば、座席位置によって細かく価格設定を変え、また最も良い席に対しては極端に高い価格を設定することも有効であると考えられる。ハワイ出身の世界的に有名な歌手であBruno Marsによる20184開催の日本公演のライブでは、最も高い座席はひと席10万円 であり、最も安い席は9000円であった。このような極端な価格差をつけることによって、どうにか良い席で見たいという消費者は10万円の座席を選び、そこまでの価値を見出さない消費者は安い座席を選択することになる。また、アイドルグループなどでチケット発 売前にリリースされるCDにライブの先行申込券が封入されているケースが観察される。これは、消費者の留保価格の分だけCDの購入し、チケットを購入できる仕組みになって いる。

 また、留保価格以外でチケットを欲する度合いを測り、その度合いの高い消費者が何らかの費用を被ることで優先的に購入できる仕組みも有効であると考えられる。例えば、単純なアイディアレベルだが、当日券を用いて消費者に待ち時間という犠牲を払ってもらうことで欲しい度合いを測る方法が考えられる。これは、列整理や徹夜組への対応など、実務的な困難性につながるが、先着順というのはチケットに限らず様々な場面で見られる販売方法である。また、スマホゲームと連動し、熱心なユーザーに対する優先的な購入権(例えば、アイドルマスターラブライブなどのスマホゲームが存在するコンテンツのライブにおいては、ゲーム内イベントのランキング上位者に対して優先申込権を付与する)を与える等の方法が考えられる。つまり、熱心なファンが何らかの形でコストを払うことで優先的にチケットを申し込める仕組みを作ることが望まれる。

参考文献

  • 池尾恭一、青木幸弘、南知惠子、井上哲浩(2010)マーケティング』、有斐閣
  • 大竹文雄(2017)『競争社会の歩き方 自分の「強み」を見つけるには』、中公新書
  • Becker, S. G.(1991). A Note on Restaurant Pricing and Other Examples of Social Influences on Price. Journal of Political Economy, 99, 5, 1109-1116.
  • Sá, N. and Turkay, E. (2013). Ticket Pricing and Scalping: A Game Theoretical Approach. The B. E. Journal of Economic Analysis & Policy, 13, 2, 627-653.
  • Swofford, James L. (1999). Arbitrage, Speculation, and Public Policy Toward Ticket Scalping. Public Finance Review, 27, 5, 531-540. 

*1:経済学における研究でも長期的な視座や消費者の様々な選好を捉えた上で分析、研究された理論も存在するが、ここではあくまで伝統的かつ基礎的な経済学の枠組みとして議論していることに注意して欲しい。

*2:このような価格を上げないことの正当性については、Swofford (1999) and Turkay (2013)などの経済学の研究においても議論されているがここではあくまでマーケティングの視点を参照し議論する。