田頭拓己のブログ

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一橋大学大学院経営管理研究科専任講師。実証的なマーケティング研究。マーケティングに関する小咄や日々の出来事を記録します。

「店舗はECに勝てない」は本当?その2: 実店舗とECの比較

実店舗とEC

前回の記事では、実店舗とE-commerce (EC) との差異を明らかにするためにまず、自店舗営業の特徴について説明しました。具体的には消費者が実店舗で買い物する際に生じる購買費用と、実店舗が持つ広告・周知機能について言及しました。興味を持った方はぜひ前回の記事から読んでみてください。

 今回の記事では、EC実店舗の競争構造の違いや、購買費用に加えて、企業の運営費用にどのような変化があるのかについて言及します。

ECにおける広告投資・市場シェア獲得競争の激化

 まず、実店舗に比べてECがどのような競争構造を持つのかという点について議論してみます。ここで、ネット通販で買い物をする状況を想像してみてください。どこで買いますか?

 

 実際の購買であれば、今思い浮かべた一つまたは複数の通販サイトへ(検索やブックマークを通じて)アクセスし、購入へ至ると思います。

 このような購買プロセスを経るECと実店舗での購買との差異を議論するための手がかりになるのが、前回の記事の最後に言及した実店舗の広告・周知機能です。ECの運営においては、店舗運営の場合とは異なり、建物や看板で自社の存在を消費者に存在を示すことができません。そのため、ECサイトが消費者に利用されるためには、消費者によるアクセスという能動的な行動が必要になります。

 EC事業者にとっては、消費者がECを利用して製品を購入しようと考えた際に、購買先の候補として想起されることが重要になります。店舗であれば、たとえ自社店舗が小規模で広告投資を行っていなくても、立地によって通行客に存在を認知させ、需要を獲得できます。例えば、駅前の商店街に存在する青果店が、たとえ家族経営の零細企業であり特に広告などに対する投資を行わなかったとしても、駅を利用する消費者が店舗を目にし、その存在を認知することができます。そのため、彼らが野菜を買う際の選択肢集合に含めるかもしれません。

 しかしながら、ECではこのような物理的な店舗による周知機能が存在しません。このような環境においては、シェアが高い企業や知名度の高いサイトが利用されやすくなります。つまり、広告投資などで知名度が高くなった企業や、シェアの高い企業は、より多くの需要を見込める一方で、広告投資が少なく、消費者に認知されていない企業はますます目立たなくなるという悪循環から市場から淘汰されていきます。言い換えると、EC環境での競争においては一人勝ちの状況が起こりやすくなるのです。このように、物理的な周知機能の有無によって競争構造の差異が生まれると考えられます。

 また、今あなたが思い浮かべたECサイトの本拠地はどこでしょうか?おそらくそのようなことを考えたこともない方もいるでしょう(私はありません)。ECの競争構造として、実店舗において議論された商圏という考え方が当てはまらないという特徴があります。もちろん、地域によって配送時間や配送料が変わったり、取扱いがないということはありますが、ECにおいては、例えば大阪の企業から東京の消費者が製品を購入するということも決して珍しくはないはずです。これらの点においてECにおける競争構造は実店舗と異なると考えられます。

EC運営による消費者費用の変化

 今回の記事のテーマは、「店舗はECに勝てない?」という問いがスタートでした。では、ECは実店舗に比べて優位なのでしょうか?もし、消費者と企業の両方にとってECが実店舗よりも効率的であり、優位な存在であるならば、実店舗はECとの競争において勝ち目はなく、淘汰されるのは時間の問題となります。果たしてそうなのかという点を考えるために、ECと実店舗で消費者と企業それぞれが被る費用の違いを整理していきます。

 まず、消費者の被る費用の変化として、以下の2つの費用が削減されると考えられます。第1に、消費者の購買(移動)費用が削減されます。当たり前だと思うかもしれませんが、これは、EC消費者は店舗へ移動する必要がないことに起因します。第2に情報探索費用の削減です。これは、インターネット上で多様な製品の特徴や価格情報を収集する場合、同程度の情報を実店舗から収集する時に比べて容易に収集することが可能となることを意味します。少し分かりづらかったかもしれませんが、例えば、PCを買う際に製品のスペックや小売企業ごとの販売価格を比較するという目的では、インターネットを通じた情報収集のほうが実店舗から同様の情報を収集する場合に比べ、より多くの情報を簡単に集めることができるということを意味しています。

 しかしながら、一方で上昇してしまう消費者費用も存在します。まず、製品の物理的な特徴に関する情報収集はインターネット上では困難です。製品の物理的特徴とは、例えば、消費者が衣料品のサイズや素材感に関する情報を集めたいと考えた場合、インターネットでこれらの特徴について知ろうとするには非常に多くの情報を複合的に用いる必要があります。そのため、インターネットで情報を調べるよりも店舗へ出向き実際に製品を確認したほうが手間がかからない場合もあるということです。衣料品や家具、家電など、購買の際にサイズやデザイン、材質を気にするような製品の場合、インターネットでいろいろ調べるよりも実際にお店に行ってしまう人も多いのではないでしょうか。

 第2に、待機費用です。これは、製品の注文から実際に商品を受け取るまでの時間を表しています。ECによって配送を依頼した場合、配送される製品を(家などで)待機する必要があります。これを機会費用として捉えることで、このような時間も消費者の被る費用として考えられます。機会費用とは、資源を他の代替的な用途に使用していた場合に得ることができた便益のことです。つまり、製品を待つということは、有限な資源である時間を、待つ以外に使っていた時に得られたであろう便益の分だけ犠牲にしている行為と解釈できるわけです。配送を待っている際、時間指定をしたのはいいけれど、実際にいつ来るかわからないから出かけられず、ただ家で配送を待つしかなかったという経験をされた方は多いのではないでしょうか。このように、「待つ」という行為をしていなければできたはずの機会を損失していたと考えるわけです。

 また、注文してから手に届くまでのタイムラグそのものも手に届くまでの待ち時間として消費者に心理的負担を与えると考えられます。製品を注文してから手元に届くまでのタイムラグがあり、この時間にやきもきする方もいるのではないでしょうか。このように、ECで注文した製品の配送を待つことは消費者が被る費用として捉えることができます。

 第3の被る費用が、配送料です。製品の配送に関わる費用は一般的には、追加的に徴収されます。ただし、月額料金を支払った有料会員には配送料が無料になるというサービスを提供している企業も多いかと思いますが、この場合もやはり配送料に相当する支出を消費者が被っています。

 もう少し具体的な状況を想定すれば、これらの消費者費用の変化は、購買する製品のタイプや購買状況によっても変化すると考えられます。例えば、先述の衣料品は、商品の購入に際して価格、使用、ブランド名などでは判断できず、多くの物理的特徴に関する情報収集が必要になるため、ECを利用することによる負担が大きいタイプの製品であると考えられます。つまり、「服を買うなら実際に見てからじゃないと…」という感覚は、ECによって上昇する購買費用から解釈することができます。

 また、購買状況については、特に消費者がすぐに商品を欲しい場合、ECを使うことによる待機費用をより強く負担として感じるでしょう。極端な例を挙げれば、外出時に雨に降られてしまい、傘が必要な際にECを通じて購買し配送を待つような選択をする人はいないでしょう。つまり、同じ消費者でも、これらの製品タイプや購買状況によってECを利用することによる費用が変化すると考えられます。

消費者費用の変化が企業へ与える影響

 これらの消費者費用の変化は企業活動へも影響を与えます。特に情報探索費用の低下によって、消費者が多数の製品や価格の比較が容易になることは、企業にとっては無視できない大事な要素です。インターネット上で消費者は多数の製品情報や価格を容易に比較できるため、EC事業者は実店舗より広く深い品揃えを形成する必要が生じます。また、消費者が容易に価格を比較できるため、他のEC業者に価格競争で負けないように低価格を訴求する必要性があります。そのため、ECにおいては価格競争が激化するという特徴もあります。

 一方で、ECによって上昇する消費者費用も企業活動に影響を与えると考えられます。ECにおいては物理的属性に関する情報収集が困難であると述べました。このような製品の購買においてはECが選択されづらいことが予想されるため、これらの製品を扱うECにおいては顧客都合による返品であっても無料で製品を返品できるようなサービスが設定されることがあります。これは、一度製品を手に取ってから評価を行うことを可能にすることでこのような情報収集困難性による消費者の負担を低減することが目的であると理解できます。

 加えて、Amazon等の大手EC業者は注文された製品の即日配送や、受取印不要(郵便受け投函)の配送を実施しています。これは、消費者がECの配送に伴う待機費用を削減するための取り組みであると理解できます。

 皆さんの中に、ゴールデンレトリーバーと赤ちゃんが登場する、Amazonの暴力的なほどの可愛さに溢れているCMを覚えている方はいますか?ゴールデンレトリーバーにライオンのたてがみを着けるあれです。著作権の関係上動画リンクを貼ることは避けますが、ぜひこのタイミングで検索をして、CMを見てみて下さい。

 このCMでAmazonがアピールしているEC業者としての価値は何でしょうか?あんなたてがみが売っているのかという、色々な製品がある(品揃えの広さ・深さ)こともそうかもしれませんが、このCMでは「当日お届け」という点が文字で表示されます。つまり、ECの購買によって消費者が被る待機費用を削減するというAmazonの長所を明示的にアピールしていることになります。Amazonはこのような価値を提供するための高度な物流システムへの投資を行っていることでも有名です。

小売企業が被る費用の変化

 ここまでは、ECによる消費者の購買費用の変化を確認してきました。それでは、ECの利用は企業が被る流通に関わる費用(流通費用)への影響はどうでしょうか。ECによる流通費用の変化として、第1に店舗運営費用の削減が挙げられます。これは、無店舗運営という特徴によるもので、例えば、土地や店舗設備等の店舗立地に関わる費用はECにおいては必要がないため、削減されます。また、接客用従業員の雇用、教育、管理に関わる費用や、店頭における製品陳列のための管理、在庫費用についても必要がなくなります。そのため、このような店舗運営費用は削減されると考えられます。

 一方でECの場合に上昇する費用も存在します。具体的には、流通に関する費用構造が変化すると言われています。Zhang et al. (2010) によるとECでは、仕入れや流通に関わる費用は販売数量の増加に伴う効率化が享受しづらいと考えられます。つまり、ECにおいては流通に関わる費用の面で、数量の優位性を獲得しづらいと言い換えることができます。

 具体的には、オフラインでの販売であれば、大量に注文された製品は、カートンベースで物流センターから各店舗へ送り、店舗でカートンから個別包装へ分解されるため、物流トラックを共有したり、物流センター内の作業もカートンレベルで処理できるため、販売量の増加に伴う規模の優位性を獲得しやすくなります。しかしながらECにおいては、注文数が増えても配送先は各注文者ごとに異なります。また、店舗での仕入れと異なり、基本的に消費者は単品ごとに購入するため、たとえ全体としての販売数量が増えたとしても、個別アイテムごとにそれぞれ配送しなければなりません。

 そのため、ECにおいては物流センターの段階で製品を個別包装に分解し、個別に配送することになります。そのため、販売量の増加に伴う費用に関する規模の優位性が獲得しづらくなると考えられるのです。この点をクリアするために、AmazonなどのEC業者に加え、ニトリファーストリテイリング等、ECも運営している小売業者の一部は、自動物流システムを導入して、この個別配送対応に対する非効率性を克服しようとしています。ただし、このような物流・情報システム構築にはもちろん費用がかかります。

 第3に、広告などの投資にかかる費用も上昇します。これは、先述の通りEC事業においては店舗のような周知機能がないため、消費者への周知の徹底やシェアの拡大が重要となるためです。そのため、企業名そのものの周知や、検索エンジンへの対応に加え、利便性向上のための投資が必要となります。また、先述の通り、より低価格を訴求するための投資や運営の効率化が求められます。

まとめ

前回の記事では、実店舗で買い物をする消費者の購買費用について整理しました。そこでは、店舗への移動に関わるコストを考慮することで、実店舗の競争には商圏という物理的制約が存在することを強調しました。また、実店舗が持つ周知機能についても言及しました。

 これらを踏まえ、今回の記事では、ECの競争構造、消費者購買費用の変化に加え、流通費用の変化について整理してきました。これらの整理してきた議論に基づけば、実店舗にもECにもそれぞれに異なる長所と短所があることがわかるかと思います。それではなぜ、ECの台頭が続いているのでしょうか。この背景の一つには、AmazonをはじめとするEC大手企業が、自分たちECという小売業態の構造を短所も含めきちんと理解し、それを反映した投資を行っていることに起因すると考えられます。上記の犬ちゃんのCMの議論でも言及しましたが、Amazonは製品の配送を待たないといけないというECの持つ構造的な課題に対して多額の投資を行うことで改善を図ってきました。このような取り組みの結果が出ているのではないでしょうか。

 とはいえ、Amazonを中心とした大手EC業者はさらなる投資を続け、ECが持つ短所を克服しようと試みていますし、実店舗小売企業もより効果的な施策を講じることが求められます。近年では、マルチチャネルと言われる、実店舗小売業者がECでの販売も行う小売形態や、これら複数の販売チャネルの統合を通じたオムニチャネルと呼ばれる小売形態が話題になりました。このような取り組みに関する理論的な問題に関しては、余裕ができた時に需要があれば記事にしたいと思います。