田頭拓己のブログ

田頭拓己のブログ

一橋大学大学院経営管理研究科専任講師。実証的なマーケティング研究。マーケティングに関する小咄や日々の出来事を記録します。

マーケティングと因果関係:導入

マーケティング活動(プロモーション等)の効果を特定するのは意外と難しいものです。「プロモーションを実施した期と、してない期の成果を比較すればわかるじゃん」というお声もあるかと思いますが、実はその比較はきちんとプロモーションの効果を抽出できていないかもしれません。今後何回かの記事では、このような効果測定に焦点を当てたマーケティングについての研究論文を紹介していきます。

 

さて、プロモーションの効果をきちんと抽出するのは難しいという点を理解するためには、相関関係と因果関係を区別することが重要になります。これについて少し極端な例をあげてみましょう。「日本における凶悪犯罪者の80%が共通して犯行日に白米を食べている。」という状況を考えます(数字は適当に考えたでっちあげです)。この場合、白米を食べた「から」犯罪行為に至ったのでしょうか。

 

異なる二つの出来事を因果関係として捉えるためには、単純な相関関係に加えて、ある出来事が別の出来事の先行要因になっていないといけません。そのため、白米を食べた「から」犯罪行為に至った、と言えないといけません。でもこれはなかなか無理のある主張ですよね。このような主張をされても、多くの方が納得しないのではないでしょうか。

 

追記(2020.0406)
コロナウィルス関係で本当に大変な状況ですが、因果と相関について、好きなツイートを見かけたので載せておきます。説明を付加するのは野暮かなと思いますのでやめておきます。わからない方がいたら質問してください。

 

しかし、これが「プロモーション」と「売上」の話になると、暗黙的に因果関係を想定してしまうことが多いのではないでしょうか。例えばある企業が、これまでのプロモーション戦略を捉え直し、2019年に8月に新しくモバイル広告を実施したことを考えましょう。さらに、2019年9月期と2018年9月期の売上を比較した所、2019年のほうが30%売上が高かったとします。このとき、30%の売上増(前年比)を「モバイル広告の効果」の根拠として提示し、その影響を議論することができるでしょうか?

 

もう一つの案として、同業他社のデータを集め、モバイル広告を行っている企業群と、行っていない企業群の売上を比較することを考えます。統計的な比較の結果、モバイル広告を行っている企業の売上が高い場合、この結果をプロモーションの因果効果の根拠として用いることができるでしょうか?

 

これらの方法は、現実的にはかなり多くの場面で用いられているのではないでしょうか。ですが実はどちらの方法も因果関係を特定するには不十分です。1つ目のような単純な前期比については、モバイル広告以外の要素(景気変動やその他マーケティング活動)の影響がきちんとコントロールされておりません。

 

2つ目の手法については(1つ目と同様の問題もありますが)、「どんな企業がモバイル広告を実施しているか」という点を捉える必要があります。モバイル広告を出すか否かは各企業の選択です。そのため、このような選択を行う企業はそもそも新しい広告投資ができるような余力のある企業であったり、柔軟に市場に対応する能力を持った企業かもしれません。このように各主体の自己選択によって生じうる問題を「セレクションバイアス」と呼びます。

 

これらの問題点の整理による含意として、たとえ売上とプロモーションの間に相関関係があっても、その場合に起こりうる3つの可能性が伺えます。第1に、プロモーションが売上につながるという関係です。これは、我々が暗に想定してしまう因果関係(プロモーション→売上)です。第2に、売上がプロモーションにつながるという関係です(売上→プロモーション)。要するに、成果が高く、余力がある企業が広告投資を追加できるということであり、逆の因果が成立している可能性があります。第3に、プロモーションと売上の両方に影響を与える別の要素が存在している状態です。例えば、企業としての柔軟性や、文化、能力といった、測定困難な要素が挙げられます。このような因果関係を構成する要素の両方に影響を与える別の要素を「交絡因子」と言います。

 

これら3つの可能性を鑑みたうえで、プロモーションと売上が本当に1つ目の関係(プロモーション→売上)にあるのかについて分析しなければ、相関関係と因果関係を区別して捉えることはできません。なお、近年ビッグデータという言葉が流行っていますが、残念なことにただ単にサンプル数を増やしただけでは、上記の問題は解決しません。「じゃーどうりゃいいんだ」という問いに対して、マーケティング分野の研究を用いて答えていくことが、本ブログにおける今後の記事の目的です。

 

ただし大前提として、実は「真の因果効果」なるものは我々の頭の中にしか存在せず、特定することは不可能であるということに注意してください。

 

「過ぎた事、選ばんかった道、みな覚めたと夢と変わりゃせんな」です(こうの史代この世界の片隅に」参照)。

 

ある主体(例、企業)が選択肢B(プロモーションしない)ではなく、A(プロモーションする)を選ぶことの因果効果は、その人がある選択肢Aを選び、成果(売上)を確認した後、時間を戻し選択肢Bを選んだ場合の成果を改めて確認することで初めて確認することができます。

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でもそんな方法は現実的ではないので、実際には「平均的な効果としての因果関係」をあの手この手を使って追求していくことになります。このようなアプローチは「因果推論」と言われ、経済学分野や疫学等の分野を中心に盛んに議論されてきました。これまでの学術的知見をまとめた形の一般向け著書も販売されています。詳しく知りたいという方は、本記事の文末に因果推論に関する著書をいくつか紹介しておりますので参照してみて下さい。

 

このような因果推論についての議論は経済学を中心に一般向け著書も販売されている一方で、マーケティング分野においては近年の学術論文では用いられるものの、一般向けへの情報提供としてはあまり盛んではないと認識しています。そこで、本ブログでは、マーケティング分野のいくつかの論文を説明する形で、主要な因果推論の手法を紹介していきたいと思います。

 

なお、このブログでは「因果推論の考え方を実務的、学術的課題の発見に役立てる」ことを目的にしている点を強調させていただければ幸いですです。因果推論について直感的に理解することよって、普段当たり前のように議論してしまうマーケティング活動と成果の関係についてもう一歩深く考えるきっかけになればと思っています。そのため、手法の理論的なバックグラウンドや精緻な議論については、他の著書や講義等におまかせします(逃げ)。

 

この分野に関して強い方たちは、もし内容に誤りが確認できた場合には、優しく指摘してくれると助かります。

 

文献紹介

「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法

「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法

「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法

 

 

データ分析の力 因果関係に迫る思考法 (光文社新書)

www.amazon.co.jp


「家族の幸せ」の経済学 データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実

 

 政策評価のための因果関係の見つけ方 ランダム化比較試験入門