田頭拓己のブログ

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一橋大学大学院経営管理研究科専任講師。実証的なマーケティング研究。マーケティングに関する小咄や日々の出来事を記録します。

ネットで買って店舗で受け取る(BOPS)は売上を伸ばすのか?差の差の分析法を用いた効果測定

 ランダム化比較試験を前回の記事にて紹介をしてから随分と時間が経ってしまいました。コロナ禍の影響により、オンライン講義の準備に追われ、ブログはおろか研究もストップしておりました。研究をしないといけないのに、3月末から5月半ばまではまるごと講義準備に溶けてしまいました。私ごときのキャリアと業績でそんな事になるのはやばいやばい*1

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やばいやばいの図(富樫, 1993)

最近なんとか一段落したので、リハビリがてら論文を紹介していきたいと思います。 前回の記事においては、調査プロセスにおいてランダム化比較試験の採用することで、平均因果効果を捉える手法を紹介しました。ですが、このような手法は企業のマーケティング効果を分析するという文脈においては実行が困難である場合があります。というか、ランダム化されていない状況がほとんどです。そんな時、研究者はどうすべきでしょうか?バイアスについては諦めてとりあえず相関関係を確認すればいいのでしょうか。確かに相関ベースの分析結果も意味はあります。ですが、あの手この手を使い、なんとか工夫して信頼できる効果を分析したいと考えるのが人情です。そんな人情派の人たちの間で用いられている手法のひとつが、今回紹介する差の差の分析法(Difference-in-Differences、以下DID)と言われる分析手法です。今回はDIDを用いたマーケティング研究を紹介していきます。

論文紹介

 今回紹介する研究は、Gallino, Santiago and Antonio Moreno (2014), “Integration of Online and Offline Channels in Retail: The Impact of Sharing Reliable Inventory Availability Information,” Management Science, 60, 6, 1434-1451. です。以降本文では当論文をGallino and Moreno (2014)と表記します。

 

Gallino and Moreno (2014) は、実店舗とEコマース(EC)を併用するマルチチャネル小売企業を研究対象としています。特に、ネットで注文し店舗で受け取る Buy-Online, Pick-up-in-Store (BOPS) という戦略の採用が成果にどのような影響を与えるかについて実証的に分析している研究です。Gallino and Moreno (2014) が注目している実店舗とECとの関係について興味がある方は以下の過去記事を参照して頂けると幸いです。

marketing-tgsr.hatenablog.com

marketing-tgsr.hatenablog.com

背景とBOPSに期待される効果

 小売業の文脈におけるオンラインとオフラインの話は、2000年代初頭の「店舗 vs. EC」という構図からスタートします(それ以前もありましたが、主にということです)。そして、2010年代以降、実店舗のみ運営してきた多くの小売企業がECも併用するようになり、実店舗とEC両方のチャネルを有する企業が増えました。

 

そして、近年多くの小売企業が両チャネルを共存させようと注力しており、その活動の総称であるオムニチャネルという言葉は、バズワードのように色々なところで使われていました。日本でいうと、セブン&アイのオムニ7や、ヨドバシカメラなどが代表的な例として挙げられます。このようなオンラインとオフラインの共存に関する代表的な戦略の一つが今回焦点を当てるBOPSです。

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BOPS例(日本、UK、シンガポール

 BOPSは企業の売上に寄与すると期待されてきました。その背景として、以下のようなメカニズムによって顧客価値を向上させると議論されてきました。

  1. 実店舗における在庫切れリスクの低下
  2. ECにおける購買コストの削減

まず一つ目の理屈についてお話します。これは実店舗で製品を購入する場合と比較した場合のBOPSの利点を捉えています。消費者は実店舗で買い物をする際、常に在庫切れリスクに直面しています。つまり、買いたい製品の在庫がお店にあるか否かは、行ってみないとわからないわけです。普段の買い物において、現実的には、欠品という状況の方が稀かと思いますが、これは各小売企業の経営努力や在庫管理の賜物です。

 

このような「お店まで行ったけど売ってなかった」は消費者にとっては無駄足です。移動にかかる費用や手間がかかりますが何も(商品による便益を)得ることはできません。これに対しBOPSは、オンラインで注文し製品在庫を任意の店舗に確保することを可能にするため、このような欠品リスクを低下させることにつながります。つまり、オンラインから店頭での在庫を確保することで、実店舗での購買において顧客が潜在的に抱えるリスクを低減させることが期待できます。

 

次に購買コストの削減についてです。こちらはECのみの利用と比較した場合のBOPSの利点を捉えています。ECで商品を購入する際、消費者は配送に関する費用と、待機に関わる費用を被ることになります*2。人によっては、もしくは状況によっては配送を待機するが好ましくないこともあるでしょう。その際に、消費者は自身の都合の良い店舗(通勤経路上や近所のお店)を対象にBOPSを利用することによって、配送を待つことによって生じる費用を削減することができます。つまり、BOPSは「ネットで買うのは便利だけど、配送待つのは嫌だな」と考えている顧客にとっての、製品の注文から受け取りまでの一連のプロセスに関わる費用を削減することが期待されます。

 

このような問題に対して、Gallino and Moreno (2014) は、ある小売企業と協力しユニークなデータセットを構築することで、DIDを使った分析を行っています。

研究手法

データ収集

Gallino and Moreno (2014)では、アメリカとカナダに80以上の店舗を持つ(家具やホームアクセサリーなどを扱う)小売企業のデータを2011年4月から2012年4月まで収集しました。なお、当該企業におけるBOPSオプションは2011年10月11日からアメリカ国内の全店にて開始されています(カナダではBOPSは適応されていませんでした)。そのため、この研究ではBOPS導入前の6ヶ月間と、導入後の6ヶ月間のデータを集めたことになります。

 

この期間において、筆者らはアメリカとカナダの両方から、ECと実店舗の週次データ、市場エリアデータ、BOPSデータ(BOPSオーダーがあった日付、どの店舗で何日に製品が受け取られたか)などを収集し、データベースを作成しました。

分析方法

Gallino and Moreno (2014)は、BOPSがECと実店舗それぞれに与える影響を別々に分析しています。BOPSの導入が実店舗に与える影響については、BOPSを扱っていない店舗と扱っている店舗を比較すれば良いということになります。ここで彼らが目をつけたのが、アメリカとカナダの比較です。BOPS導入の有無については、国境をまたいで自然実験のような形が取られていました。

 

そのため、アメリカの店舗とカナダの店舗をそれぞれ別のグループと定義し、①アメリカグループのBOPS導入前の売上、②アメリカグループのBOPS導入後の売上、③カナダグループのBOPS導入前の売上、④カナダグループのBOPS導入後の売上の4つに着目しました。

 

これを、(①-②)-(③-④) という形で、各グループ内の「差」の「差」を取ってあげることで、各グループが元々持っているグループ固有の特徴(セレクションバイアス)を排除する形でBOPSの導入によって売上がどのように変化するのかが分析できます。そしてこのような分析アプローチを差の差の分析(DID)と呼びます。本論文では、このようなDIDを適応することで、BOPSの効果を分析しています。

 

一方でオンラインへの影響については、店舗の立地ではなく、ECにアクセスしている消費者側の情報からグループを分類する必要があります。この研究では、オンラインの注文が、近隣に店舗が存在するエリアからの注文か否かという基準でグループを分けています。つまり、近隣に店舗が存在しない場合、オンラインから注文をしても、BOPSの利用は物理的に困難だろうという仮定のもと、グループ分けを行っています。

 

ここでの比較対象は、A1. 近隣に店舗がある地域グループのBOPS導入前のEC売上、A2. 近隣に店舗がある地域グループのBOPS導入後のEC売上、B1.近隣に店舗がない地域グループのBOPS導入前のEC売上、B2.近隣に店舗がない地域グループのBOPS導入後のEC売上となります。これら4つに対し、上記と同様に (A1-A2)-(B1-B2) を捉えたDID分析をしています*3

分析結果とまとめ

先述の調査、分析の結果、BOPSの導入によってECの売上が下がることが明らかになりました。一方で、BOPSの導入は実店舗の売上に正の影響を与えることが示されたました。

 

つまり、BOPSによる小売企業への効果は、オンラインとオフラインで異質であることがわかりました*4

 

BOPSがECの売上を下げるメカニズムについて論文の著者は、ウェブルーミング(ネットで調べて店舗で買う)という購買行動から予測しています。つまり、BOPSによって店舗の売上が伸びていますが、それは従来であればECで買われていたはずの売上が店舗に移転されただけである可能性が伺えます。つまり、店舗における売上増だけを見て、「オムニチャネルのシナジー効果だ!」と盛り上がるのは早計なわけです。本研究の結果は、BOPSをはじめとするオムニチャネル戦略の効果について論じる際には、片方のチャネルにのみ焦点を当てる(店舗の売上が伸びた等)のではなく、全体的に評価する必要があることを示唆しています。

 

その上で、Gallino and Moreno (2014)は追加分析によって、BOPSによって店舗における追加購買が起こることを示しており、オンラインとオフライン両方への影響を考慮した総合的なBOPSの効果はポジティブなものであると結論づけています。

 

また、BOPSがECの売上を下げるということは、組織内における業績評価と報酬の与え方にも注意が必要になってきます。ECを担当しているマネージャーにとって、BOPSの導入が自身の担当するチャネルの業績を下げ、自身の報酬に悪影響を与えるものであるとするならば、反発するでしょう。

 

一方で、店舗のマネージャーにとってBOPSは好ましいはずです。企業全体の利益を考えるとこのようなコンフリクトは好ましくないため、組織内における調整が必要になってきます。

 

今回紹介したBOPSもそうですが、マーケティングをはじめとするビジネス分野においては、ランダム化実験を実施することが困難であるケースが多く、データを入手してもそのほとんどがランダム化構造を持っていません。

 

そんなときには、どのようなデータであれば入手可能なのかという点を常に考えておく必要があります。その上で入手したデータが持つ特徴や調査の背後にある社会的・実務的構造を理解し、適切な分析手法を用いることで、信頼に足る分析結果を得ることができます。次回も、このような調査、分析の工夫や人情に触れながら、マーケティング研究の知見を紹介していきたいと思います。

*1:冨樫義博(1993)「幽遊白書 12巻」、集英社

*2:詳しくは過去記事を参照して下さい。

*3:なお、このDIDによって信頼に足る平均因果効果を分析できるかという点には、一つ重要な仮定が存在します。それは、平行トレンドと呼ばれる仮定で、比較対象となるグループ間において(例、アメリカとカナダ店舗)、もしトリートメントがなければ(例、BOPS導入)両グループの成果変数(例、売上)は同様の推移をするということです。つまり、2011年から2012の間に、BOPSと関係のない影響によっても売上は変動しますが、この変動がBOPSを除けば、その変化の傾きが平行になることを仮定しています。DIDのもう少し細かい説明を捕捉として後日追加するかもしれません(するとは言っていない)ので、関心のある方は読んでみて下さい。

*4:Gallino and Moreno (2014)では、この結果を得たあといくつかの追加分析を行い結果の信頼性チェックを行っていますが、ここでは省略します。