田頭拓己のブログ

田頭拓己のブログ

一橋大学大学院経営管理研究科専任講師。実証的なマーケティング研究。マーケティングに関する小咄や日々の出来事を記録します。

モバイルクーポンと非計画購買:操作変数法を用いた効果測定

6月も末になってしまいました。皆様いかがお過ごしでしょうか。私の方は春クォーターの講義がようやく一段落し、止まっていた研究を再開できるようになってきました。私の研究の進捗としては、論文がリジェクトされたり、論文がリジェクトされたりしています。気分を紛らわすために、昨年出張の際に食べた、ちょっとおしゃれなフィッシュアンドチップスの写真を載せておきますね。

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ちょっとおしゃれなフィッシュアンドチップス

 

さて、今回紹介する論文は、以下のものです。以降本文では当論文を Hui et al. (2013) と表記します。

Hui, Sam K, J. Jeffrey Inman, Yanliu Huang, and Jacob Suher (2013),“ The Effect of In-Store Travel Distance on Unplanned Spending: Applications to Mobile Promotion Strategies, ” Journal of Marketing, 77, 2, 1-16.

研究背景

みなさんがお店で買い物をする時、入店の際に割引クーポンを受け取った経験があるのではないでしょうか。そのようにクーポンを受け取った場合、予定になかった製品をついつい買ってしまう人もいるでしょう。

 

そのようなクーポンの効果は、クーポンそのものへの反応率だけではなく、次のような副次的な効果も考慮されるべきです。それは、クーポンを受け取ることでそのクーポンの製品を確認するために店舗歩き回ってしまい、その過程で見つけた予定外の製品を買ってしまうというものです。つまり、クーポンのオファーがきっかけとなり、店内を必要以上に歩き、色々な製品を目にすることで入店前の予定にはなかったものを買ってしまうという効果が考えられます

 

本記事は少し長いので先に結論を書いておきます。Hui et al. (2013) では、お客さんの店内移動距離を伸ばすことで非計画購買が上昇することが明らかになりました。そのため、モバイルクーポンにおいても、「お客さんを移動させる」ことを目的で設計することが有効になります。

 

しかしながら、このようなモバイルクーポンの副次的効果を考えるためには、そもそも「店舗内の移動距離が長くなるにつれて本当に非計画購買をしやすくなるのか」という疑問に答える必要があります。そのためHui et al. (2013) では、(1) 店舗内移動距離の非計画購買への因果効果と、 (2) モバイルクーポンによって非計画購買がどれだけ上昇するのかという2点の研究目的を有しています。また、Hui et al. (2013)の限界として、実務的に注意すべき点もいくつか紹介していますので、とりあえず結果だけ見たいというモチベーションで読む方は、ここだけでなく文末の内容も合わせて読んで頂けると幸いです。

 

また、本記事においては補足として非計画購買に関する教科書的整理や、操作変数法について説明している節がありますが、関心が無ければそれらの節は読み飛ばして下さい。

 

(補足)非計画購買

消費者の購買行動は、事前の計画に沿った製品を買う計画購買とそれ以外の製品を買う非計画購買とに分けることができます。非計画購買と言われると、多くの人が衝動買いという言葉を思い浮かべるでしょう。しかしながら、非計画購買は主に4つのタイプに分類することができ、専門的には衝動買いはその中のタイプのひとつを表す言葉です。

 

非計画購買の第1のタイプは想起購買と言われる、店頭に来てから来店時には潜在化していた商品の必要性を認識し、購買するタイプの購買行動です。例えば、店舗に着いてから「あ、トイレットペーパーが切れていたから買わないと」と潜在的な製品の必要性を認識するタイプの購買が想起購買です。第2が、関連購買という、購入された製品との関連性から他の製品の必要性を認識し、購買するタイプの購買行動です。例えば、スーパーで刺し身買ったことに関連し、わさびも買おうと考え購買に至る場合がこれにあたります。第3のタイプが条件購買と言われる、来店時には明確な購買意図は持ってないけれども、価格やその他の条件が整えば購買するタイプの購買行動でです。条件購買は例えば、Point of Purchase (POP)広告を見て、旬の食材が安くなっていることを知り、購買に至るような場合が挙げられます。最後に、衝動購買が、上記の3つの類型いずれにも属さないタイプの購買行動で、これは商品の新奇性に影響を受けた購買や真に衝動的な購買などを指します。

 

店舗内移動距離と非計画購買

非計画購買は小売企業にとって追加的な収益となります。そのため、どのようにすれば消費者の非計画購買を促すことができるのかはとても重要な問題であり、1960年代以前から研究が行われてきました。伝統的に非計画購買の確率を向上させるために重要なのは、店舗内での移動距離や滞在時間であると議論されてきました(Granbois, 1968*1)。つまり、店内を長くウロウロすることで、色々な刺激を受け、非計画購買につながるという理屈です。そのため、伝統的な店内戦略では、店舗内レイアウトによる動線管理によって消費者の移動距離を伸ばそうと試みるものや、広告等で宣伝済みの特売品をあえて奥に配置することで消費者が長距離を移動するよう促すなどの工夫が行われてきました。

 

店舗内移動距離と非計画購買が関係すると言われると、「当たり前じゃん…。」と思うかもしれません。しかしながら、店舗内移動距離が長い「から」非計画購買が起こりやすくのかという問いを実証的に明らかにするのは意外と難しいものです。

 

この難しさの背景として、「どれだけ非計画購買をしがちな人か」という消費者個人の心理特性を考えるとわかりやすいかと思います。学術的には、衝動的購買傾向 (Compulsive Buying Tendency)という個人の特徴としての心理尺度も存在します。つまり、「店舗内に長くいるから非計画購買をする」のか、「非計画購買をするような人が長く店舗にいる」のかという違いを識別する必要があります。

 

小売企業の目線からこの問題を論じれば、せっかく消費者が店内を長く移動するような工夫や投資を講じても、非計画購買をしない人はしないしする人はする、ということになってしまいます。そのため、店舗内移動距離が非計画購買に与える因果効果を特定することは、実務的にも重要な研究課題となります。

 

しかしながら Hui et al. (2013) によると、このような研究課題に対して明示的な分析結果を提供した論文はまだ存在しないということです。実証的な知見不足の理由として、Hui et al. (2013) は、データ収集の困難性と内生性への対応困難性を挙げています。内生性とは、分析上取り扱う変数の特徴によって、分析結果に偏り(バイアス)が生じてしまう問題のことです。非計画購買の文脈においても、この推定バイアスが生じてしまう可能性があるため、それらを考慮していない過去の分析結果は眉唾ものというわけです。その上で本研究では、実店舗を使ったランダム化フィールド実験と「操作変数法」と呼ばれる分析法を組み合わせることでこの内生性に対応しています。以下では内生性と操作変数法について簡単に紹介しています。

 

(補足)内生性と操作変数

内生性は、回帰モデルにおける説明変数と誤差項が相関を持ってしまうことで推定値にバイアスが生まれる問題を意味します。具体的には、以下のような回帰式において、Cov(x_i, u_i)\neq 0 となってしまう場合、xは内生変数と言われます。

 
 y_i=\beta_0+\beta_1 x_i+\epsilon_i~~~~(1)

 

 この内生性につながる主な原因としては、欠落変数、同時性(y←x という関係だけでなく、y→x という関係もあること)、測定誤差、セレクションバイアスがあります。

 

説明変数と誤差項が相関する場合、回帰係数を正しく推定できず、回帰分析によって因果効果を正しく捉えることはできません。その際に実験が行えたり、自然実験的環境を捉えることができればこのような問題をクリアすることは可能です。しかしながら、それらの構造になっていないデータしか持っていない場合や、単純なランダム化でも同時性などの可能性を排除できないときには、「操作変数」と呼ばれる変数を用いた推定を行うことで、この問題に対応します。このような推定方法は操作変数法と呼ばれます。今回は主に操作変数法の中でも最も広く使われている推定方法の一つである二段階最小二乗法(2SLS)という方法について説明します。

 

操作変数(ここでは z とします)とは、以下の条件を満たす変数のことを指します。(1) 操作変数 z は内生変数 x の先行要因になっている。(2) z は元々の回帰式(式1)における誤差項εと相関しない。この条件は、以下の図のように表すことができます(急に英語の図になりすいません…。私の講義資料から転用しています)。

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図1. 操作変数概要

このような条件を満たす操作変数を使う 2SLS のアイディアを直感的に説明すると、内生変数 x の変動のうち、誤差項と相関している部分を取り除いた残りの変動のみを被説名変数 y との回帰に使うことで、内生性を回避しようというものです(直感的にしすぎていて語弊がある場合には、ご指摘頂ければ幸いです)。

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図2. 2SLS 概要

具体的には以下のような手順で行います。

まず、以下の式2の回帰分析を行い、その予測値 \hat{x_i}=\hat{\gamma_0}+\hat{\gamma_1} z_i を求めます。

 

 x_i=\gamma_0+\gamma_1 z_i+u_i~~~~(2)

 

次に \hat{x} を使って以下の式3のように y を回帰します。

 

 y_i=\theta_0+\theta_1 \hat{x_i}+\epsilon_i~~~~(3)

 

式2 における \gamma_0+\gamma_1 z_i は、xにおいて、yの誤差項 e に相関しない残りの部分(図2右)であるため、上記のプロセスによって、推定された\hat{\theta_1}は内生性の問題をクリアしたものになっていると考えられます。

 

実際の分析においては、採用した操作変数が本当に誤差項と相関を持たないのか、操作変数と内生変数の相関は十分に強いのか等、気をつけるべきポイントがいくつかあり、有効な操作変数を見つけることは容易ではありません。そのような分析上の観点から見ても、Hui et al. (2013) はよく考えられた調査デザインだと思います。その調査方法は次節で説明します。

 

調査方法

先述の2つの研究目的の内、1つ目に焦点をあてた調査として、アメリカの北西に位置する都市にある中規模食料品店において300人の買い物客に対するフィールド実験実施しました(最終的に分析可能なサンプル数は275名)。この調査手順で著者らはまず、調査対象者に店舗エントランスにてアンケート調査を行いました。このアンケートでは、買い物リストの有無、予測される支出額、一人での買い物か否か、店舗内の製品配置をどれだけ把握しているかなどを確認した後、店内の99の製品カテゴリに対し購買する予定がある物にすべてチェックをつけてもらいました。このようなアンケート調査の後、被験者はRFIDのパストラッカーベルトをつけることで、各被験者の店舗内移動距離を計算しました。なお、すべての調査終了後、被験者には $5のギフトカードが報酬として与えられました。

 

本研究では、店内移動距離の内生性問題については、Random Product Placement Model(RPPM)と言われる、以下のような手順・前提を持つアプローチで対応しています。

  1. 各お客さんはいくつかの製品を購入することを計画して入店する。
  2. 製品のレイアウトが各顧客の入店直前に迅速にランダムに変更されるならば、購入予定の製品の場所はそれぞれの客に対してランダムに割り当てられることになる。
  3. それぞれの客が店舗内移動距離を最小化するような経路を計画する(巡回セールスマン問題*2)と仮定する。
  4. しかしながら、実際の移動距離(Path距)は3で求められる参照移動距離(TSP距)とは異なる(Path距=TSP距+誤差)。

残念ながら、入店客に対するランダム化試験を行っても、同時性などによる内生性に完全に対応できるわけでありません。そのため、Hui et al. (2013) では、RPPMのランダム化プロセスによって得た理論的な距離(TSP距 ないし1SLA距*3)を操作変数として用いることで対応しています。

 

適切な操作変数は、(1) 操作変数は内生変数と相関関係を持つ (2) 操作変数は元々の成果変数(を捉えた回帰式の誤差項)と直接相関しない、という2つの条件を満たす必要がありますが、今回のTSP距についてこれらの観点から考えてみましょう。

 

TSP距は、4のカッコ内の式にある通り、先行要因としてPath距と関係しています。また、TSP距はランダム化処理された店舗レイアウトにのみ依存しているため、買い物客が入店する以前にランダムに決定されます。そのため、非計画購買には直接的に影響を与えません。以上のことから、TSP距(および1SLA距)を操作変数に用いることで店舗内の実移動距離(Path距)が非計画購買に与える影響を分析しています。

 

つまり、Hui et al. (2013) はランダム化フィールド実験を行うことで入手できた理論上の移動距離変数(TSP距や1SLA距)を操作変数として用いることによって因果効果を捉えています。

 

ここまでの説明で、Hui et al. (2013) がかなりの工夫と労力を投入し、Path距と非計画購買との関係を特定していることが伺えるかと思います。この関係は回帰係数として出力されることになりますが、本研究の真の目的は、このような工夫によって得た信頼性の高い係数を用いて、反実仮想シミュレーションをすることで、もしこんなマーケティング方策を実施したら非計画購買はどう変化するかという予測することにあります。対象となるマーケティング方策として、Hui et al. (2013) では、製品カテゴリレベルでの陳列場所変更と、モバイルプロモーションという2つの方策に注目しています。

 

陳列場所変更については、製品カテゴリの場所を入れ替える1万以上の組み合わせを試し、各パターンに対して顧客の移動距離および非計画購買がどのように変化するかをシミュレーションしました。一方でモバイルクーポンについては、顧客がすでに持っている買い物リストに基づき、モバイルアプリを介して3つの製品カテゴリについての提案を送付します。この時アプリがオファーする製品カテゴリは、各顧客のリストに基づき、「店舗内移動距離を最大にする」ような製品カテゴリを選択するアルゴリズムを採用します。そして、シミュレーションにおいては、20%のクーポンへの反応率を想定し計算しています。

 

分析結果

まず、Path距と非計画購買の関係について見ていきましょう。ランダム化に基づく合理的な距離を用いた操作変数法の結果、Path距は非計画購買額に正の影響を与えることが明らかになりました。具体的には、各消費者が10%(平均ではおよそ140フィート; 約43メートル)長く移動すると、約15.7%非計画購買額が高まると考えられます。つまり、逆因果による同時性などに起因する内生性をコントロールした状態においても、やはり店舗内を長く移動すると非計画購買しやすくなるということがわかりました。これでようやく、マーケティング施策の有効性という次の問題に移れるわけです。

 

それでは、シミュレーションの結果を紹介していきます。操作変数法によって得た係数を用いたシミュレーションの結果、基準となる方策である製品陳列場所の再配置は7.2%の非計画購買を上昇させることがわかりました。一方でモバイル広告は16.1%の非計画購買の上昇につながることがわかり、伝統的な手法よりも効果的であることが示されました。

 

実験2設定

ここまででもなかなか盛り沢山な研究かと思いますが、実はこの研究にはまだ続きがあります。先程のシミュレーションで得た結果を実際に確認するために、Hui et al. (2013) では2つ目のフィールド実験を実施しています。

具体的には、本当に移動距離を伸ばすようなモバイルクーポンが有効なのかを確認するため、筆者らはピッツバーグにある小売店にて実験を実施しました。ただし、研究当時はまだモバイルアプリがそこまで発達しておらず、実際のモバイルアプリを用いた広告効果の測定はできませんでした。そこで、実験参加者の買い物リストを入力すると自動的に広告対象となる製品カテゴリを決定する仕組みをノートPC上で作成し、擬似的なモバイル広告機能を満たす実験環境を整えました。

 

第2の実験においては、90人の被験者から買い物リスト聞き、そのリストに基づきクーポンを提示しました。この時、被験者は異なるグループのうちいずれかにランダムに振り分けられました。1つ目のグループは、リストにある製品に対して店舗内移動距離を最大化する製品カテゴリをオファーするクーポン(リストを入力すると1SLA距を最大化する製品を割り出すアルゴリズムを作成している)を受け取ります。もう一方はリストにある製品に近い製品をオファーするクーポンを受け取ります。これらの各種類の中でそれぞれさらにクーポンの値引き額についても2種類の条件($1 vs. $2)に分けています。

 

つまり実験2においては被験者を、遠クーポン vs. 近クーポン、高値引クーポン vs. 低値引クーポンといった 2×2の4条件にランダムに分けたことになります。このような条件分けにより、どのようなタイプのモバイルクーポンが効果的なのかを捉えようと試みました。また、本実験においても、終了後に被験者に対して$5のギフトカードが配布されました。

 

なお、本実験においては店舗内移動距離の計測は行っていません*4。つまり、実験1およびシミュレーションの結果を踏まえモバイル広告の効果は確認されたわけですが、本当に顧客の移動を促すタイプのクーポンが効果的なのかを確認しようというのが、この実験2の目的です。

 

実験2結果

90人の被験者のうち、欠損値を含む被験者と、買い物リスト内製品のクーポンを受け取ってしまった人、(遠いグループのうち)著しく非計画購買額が高い被験者($60以上)を排除し分析を行いました。その結果、遠いグループの最終サンプル42人中35人が、近いグループの最終サンプル39人中37人がクーポンを利用しました。

 

そして分析の結果、遠いクーポン条件の場合、平均非計画購買額が$21.29であるのに対して、近いクーポンでは$13.83であることがわかりました。またこの差は統計的に有であることも確認されました。つまり、筆者らの予測通り、顧客の移動距離を伸ばすようなクーポンオファーの方が非計画購買の増加に対して効果的であるということが示されました。一方で割引額については統計的に有意な差は確認されませんでした。

 

含意とまとめ

これらの結果から、小売店舗内における非計画購買を高めるという目的に基づけば、各顧客の買い物リストに対して店舗内移動距離(TSP/1SLA距)が最大になるような製品のクーポンを送付するような方策が、モバイルクーポンとして好ましいことがわかりました。

 

これは意外な結果かもしれません。クーポンによって非計画購買を起こすと言われると、我々はつい顧客の買いたい商品に近い製品をオファーすることで反応率を上げようと考えてしまうかもしれません。しかしながら、クーポンのオファーを「顧客の移動距離増加のトリガー」と捉えることで、全く違った含意を得ることができます。

 

このようなモバイルクーポンの仕組みを構築するためには、(1) 消費者に買い物リストを作成させるアプリの機能や、(2) フォースクエアなどの様な位置情報機能と、(3) 自社店舗の売場情報といった3つのシステムを統合し、自動的にクーポンをオファーする製品を割り出すシステムを構築する必要があります。Hui et al. (2013) の調査実施時点ではそのようなシステムはなく、彼らはノートPCを使い擬似的な環境を構築したわけですが、現在であればこのようなシステムの構築は不可能ではないはずです(その辺は素人なのにこんな偉そうなこと言ってすいません。実際はよくわかってませんので、教えて下さい)。

 

本研究は、多くの貢献を有しています。第一に内生性に対応した形で古典的な議論であった店内移動距離と非計画購買の形を明示的に明らかにしたことです。次に、モバイルクーポンの効果について、第一の知見を基に議論し、実証的な証拠を提示した点です。つまり、「移動距離増加のトリガー」としてのモバイルクーポンの効果を議論し実証したことです。次に、店舗内移動距離という内生変数に対する効果的な操作変数を導出し実査に利用したことです。操作変数の発見はとても困難であるため、これも十分な貢献となります。また、今回の研究は、2013年当時にRFIDのトラッキングシステムを用いたマーケティング調査の先駆的例としての貢献も有しています。

 

一方で、本研究にはいくつかの限界もあります。第一に、この非計画購買が純粋に支出の増加を表しているのかという疑問です。計画になかった製品を買うため、顧客は元々買う予定だった製品の購入を諦めているかもしれません。そのため、そのため、予定されていた買い物リストと非計画購買額の関係についてもさらなる研究が必要になります。第二に、本研究では調査実施店舗に来た顧客が被験者となっているため、消費者の店舗選択の段階が考慮されていません。そのため、製品を買うための経路を長くする設定がいきすぎると、買い手にとっては好ましくない店舗であると評価され他店を選択される可能性があります。同様に、店内を歩かせるクーポンの提示も、そればかり繰り返しているとユーザーが面倒に感じてしまうかもしれません。そのため、他店との競争的な環境について考慮すると、必ずしも移動を促す戦略が有効とは言い切れません。そのため、商圏内での小売間競争を考慮した上で、店舗内環境やアプリの仕様について探っていくことも重要な今後の研究課題となります。

 

少し長くなってしまいました(1万字越えです。すいません…。)。Hui et al. (2013) は本当に内容が盛り沢山な論文で、私自身大学院生のときにこの論文を読んで衝撃を受けたことを今でも覚えています。私の通った神戸大学経営学研究科は、計量経済学的な分析手法の講義が充実しており、院生当時私は研究科内の講義やお隣の経済学研究科の講義を受けていました。数学力に著しく欠ける私はいつも半ベソかきながらそれらの勉強をしていました。そんな時に、この論文を読んで、計量経済学的アプローチがマーケティング研究としてどのように機能し、実務的な含意の提示につながるのかを明確にしてくれたという記憶があります。

 

それ以降も相変わらず半ベソはかき続けているわけですが、その半ベソに意味を見出すことができるようにはなりました。今改めて読んでも、いつか私もこういう研究がしたいと思わせてくれる論文です(できるとは言っていない)。

 

本研究のように、実企業とのフィールド実験を実施するのにはなかなかハードルが高く、そもそもこのような調査へのモチベーションがある企業と出会う機会が私のようなぺーぺーにはないという問題があります。なので、調査をしたい研究者と研究者の力を借りたい企業とのマッチングをしてくれるサービスとかあるといいのになぁと日々思いますが、馬鹿なこと言ってないで、自分にできる研究を粛々と進めていこうと思います。

 

*1:Granbois, Donald H. (1968), “Improving the Study of Customer In-Store Behavior,” Journal of Marketing, 32 (October), 28–33.

*2:本研究では、巡回セールスマンだけではなく、One-step-look-aheadと呼ばれる、現時点から最も近い次の距離を目指すアルゴリズムも合理的距離の変数として用いており、これを1SLA距としている

*3:注2参照

*4:論文内では主に2つの理由を説明してます。第一に、クーポンの遠いvs.近いの操作化によって、移動距離の増加というのは想定できるということです。第2に、当該店舗が学術的な実験を実施した経験がなく、複雑な手順を含むと調査協力を得られないリスクがあったと述べています。第3者である研究者がフィールドワークを行う上での難しいところですよね。