田頭拓己のブログ

田頭拓己のブログ

一橋大学大学院経営管理研究科専任講師。実証的なマーケティング研究。マーケティングに関する小咄や日々の出来事を記録します。

Bruno Mars に見るブランドの成立例

本ブログでは、マーケティングに関する与太話、マーケティングの論文レベルの専門的な話や、大学学部講義レベルの話をざっくりと紹介していきます。

 今回は、マーケティングに関する与太話として、アメリカの歌手Bruno Mars の楽曲を利用して、企業や製品のブランドが成立している状況とその影響について紹介していきます(実は前回の記事今回の話をするための助走のようなものでした...)。

Bruno Marsについて

 まず、Bruno Marsについての基本的な情報を説明致します。Bruno Marsは、1985 年生まれハワイ出身の歌手です。彼は2010 年にファーストアルバム “Doo-Wops& Hooligans”を発売し、翌年の第 53 グラミー賞にて最優秀男性ポップヴォーカル賞を受賞致しました。その後2011 年に Elektra Records から Atlantic へ移籍し、2012 年にセカンドアルバム “Unorthodox Jukebox”2016 年にサードアルバム “24K Magic”を発売しました。このサードアルバムは 2018 年に開催された第 60 グラミー賞において、最優秀レコード賞、最優秀アルバム賞、最優秀楽曲賞の主要 3 部門に加え、最優秀 R&B アルバム賞、最優秀R&B 楽曲賞、最優秀 R&B パフォーマンス賞の計 6 部門を受賞する快挙を達成し名実共にアメリカを代表するスターであると言わねばならぬのが現状です。

24K Magicと楽曲背景

 今回はそんな彼のディスコグラフィーの中でも、“Versace on the floor”という曲に注目していきます。この曲は、第 60 グラミー賞最優秀アルバム賞に選ばれた “24K Magic” 5 曲目に収録されている楽曲です。本アルバムにはリード曲である “24K Magic”を筆頭に、8090年代初頭の R&B 楽曲の雰囲気を現代的にアレンジした楽曲が揃っています。

 例えば 3 曲目の “Perm”は聞いた人の多くがジェームス・ブラウンのファンク感を連想することでしょう。また、女性ラッパー Cardi B とのコラボ Remix でも話題になった 8 曲目の “Finesse”は、Guy Bobby Brown Bell Biv Devoe に代表される、 8090 年代に流行した New Jack Swing リバイバル曲ですし、美しいメロディとコーラスワークが印象的な 9 曲目“Too good to say good bye”では、楽曲制作とコーラスに Boyz II Men やマライアキャリー等へのプロデュースを行っていたことでも有名な、 90 年代を代表するプロデューサーの Baby Face を加えているなど、様々なアプローチの R&B 楽曲が揃えられているのも特徴的です。

 その上で、今回注目する “Versace on the floor”は、2017 6 月にシングルカットされた同アルバム内でも人気バラード曲であります。本曲の楽曲的説明は私の専門外かつ話の本筋と逸れるため割愛致しますが、Youtube の公式チャンネルに上がっている同曲のミュージックビデオとライブ映像のリンクを貼っておきますので興味のある方はぜひご覧になって下さい。

自己アピールと企業ブランド

 さて、今回注目するのは、この Versace on the floor の歌詞です。ヒップホップの影響を受ける、特に 90 年代以降の R&B 楽曲においては、自身の凄さを誇張して表現する文化が存在します。例えば、2000 年にリリースされた Sisqo という歌手の Incomplete という楽曲は、“Even though it seems I have everything, (中略) ... without you girl, my life is incomplete”という歌詞に示されるように、 「自分は成功して、他人は全てを手に入れたと思うかもしれないけど、君がいなければ僕の人生は未完成(Incomplete)なんだ」という内容のバラード曲です。素敵ですね。

 では、いったい彼はどれだけのものを手に入れたのでしょうか。この曲の冒頭のフレーズでは、“(I) got a bank account bigger than the law should allow”と述べています。つまり彼は法律で許されないほどのお金を持っているようです。なんとも羨ましい限りです

 まともに歌詞を読めばこの曲は誇張の行き過ぎた例であり、ひと目で嘘であることがわかるかと思います。実際、この作品の歌詞は「RB馬鹿リリック大行進」という本(TBSラジオライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル2016)でも紹介されているため、行きすぎた誇張もふくめて生暖かい目で楽しむことがこの作品との賢い付き合い方でしょう。

   お馬鹿Sisqoの話はここまでで置いておいて、このように R&B においては自身の凄さを楽曲においてアピールする文化が存在していました。その上で “Versace on the floor”の歌詞は、男女のロマンチックな一夜を描きながら、ここに自身の凄さをアピールするという R&B 文化が踏襲されているという特徴を有します。そしてこのアピールにおいて、「企業のブランド」を用いることで簡潔に状況を描写しているが、本曲の注目に値する点です。

   本曲の歌詞は

 

“Let's take our time tonight, girl.”

 

というフレーズから始まります。つまり、 (ブルーノ本人を思わせる)男性が女性を口説いていることがわかります。その後、

 

“There's no place I'd rather be in this world. Your eyes are where I'm lost in.”

 

という様な非常に直接的な口説き文句が続き、楽曲が盛り上がるにつれて詩の内容も官能的になっていきます。今回最も注目したいのは、最初のブレイク前のフレーズです。楽曲中では、

 

“I love the dress but you won't need it anymore(中略),... Versace on the floor”

 

というフレーズと共に最初のブレイクに入っていくことで、相手の女性が身に纏っていた衣服が床に落ちることを表現しています。ここで強調したいのは、“dress” “Versace”という 2 つの単語によって相手の女性がヴェルサーチのドレスを着ていることを連想させ、簡潔に自己アピールすることに成功している点です。

ヴェルサーチについて

 では、ヴェルサーチのドレスがどんな意味を有しているのでしょうか。ヴェルサーチは、1978 年に設立されたイタリアのファッションブランドです。ギリシャ神話に登場するメデューサが描かれたロゴを用いる本ブランドは、世界的に有名な女優、モデル、アーティストが着用することによってイメージが形成してきました。近年では、キャンペーンモデルにレディガガやマドンナが起用されています。また、ヴェルサーチのドレスが世界的な注目を集める機会がアカデミー賞授賞式です。これまで、スカーレット・ヨハンソンハル・ベリー等、ハリウッドのトップ女優がヴェルサーチのドレスを着用し授賞式に参加する様子が全世界に放映されてきました。このように、ヴェルサーチは世界的に有名な女優などに自社のドレスを着用してもらうことで高級ブランドとしてのイメージを形成してきました。

まとめ

 ここで話を楽曲に戻すと、 “Versace on the floor” というワンフレーズによって、 ヴェルサーチを着こなすほどの女性(一流女優・モデルなど)とこのような一夜を過ごしているという自己アピールに成功していると解釈することができます(まぁBruno Mars クラスであればこの自己アピールも誇張ではないと思いますが) 。このような背景を端的に表す詩的センスや効率のいい説明の素晴らしさもさることながら、このような表現を可能にしているのは、ヴェルサーチの企業ブランドであると言えます。言い換えると、ヴェルサーチのドレスがどういうものか、というイメージが我々消費者の間で形成され、社会的に共有されていることによってこのような表現が可能になっていると言えます。

 ヴェルサーチは、製品の品質に加え、1980 年代のリンカーンとのタイアップや、一流アーティストのモデル起用、一流女優への衣装協力を経て、ブランドのイメージを形成してきました。前回の記事の内容に照らし合わせれば、 「どのような人たちに支持されているブランドか?」ないし「このブランドを利用する人たちにどんな印象を持つか?」といったブランドから連想される高級ブランドのイメージを構築したことによって、本曲のような効率的な場面描写が可能になったのであると理解できます。このように、私達の身の回りの様々なことに企業ブランドが影響を確認することができます。

 

参考文献

 

TBSラジオライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル編(2016)、『R&B馬鹿リリック大行進 ~本当はウットリできない海外R&B歌詞の世界~』、スモール出版。